ひっつきむし(独断と偏見による)

だいたいゲームの感想です

「In Other Waters」感想

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アドベンチャーゲーム「In Other Waters」をプレイしました。実質的な主人公は海洋生物学者の女性で、自分を呼び出しながら失踪したかつての仕事仲間を見つけ、また彼女にまつわる真実を知るため、地球から遠く離れた星の海中を探索・調査することになります。

ちなみに舞台となる星、「グリーゼ667Cc」は実在の太陽系外惑星で、実際に生命が存在する可能性が高いとされているのだそう。地球外惑星の探査がビジネスとして当たり前になっているような時代が舞台のようで、主人公エラリー・ヴァスもそのような会社のひとつに属していました。

プレイヤーは彼女の着用するダイビングスーツ(の背面についているユニット)に搭載されたAIとして、周囲をスキャンしたり生物のサンプルを取ったりしながら広大な海の中で彼女を導いていきます。台詞はなしですが、はい・いいえのコミュニケーションはあります。

 

基本的なプレイ画面は最初に貼ったスクリーンショットがすべての、おしゃれでシンプルと言うよりはもはやミニマルなデザイン。実際の風景ではなく探査情報ですね。海中探索のイメージとはもはや真逆のグラフィックが、プレイヤーがAIである設定に沿っているのもオツ。

生物や植物も点やアイコンで示されるのみで一見臨場感に欠けるようですが、落ち着いた音楽と環境音の効果が高く、没入感は高かったです。イヤホン推奨かな。深度など、環境の変化に合わせて画面の色合いなどが変わったりするのもよい演出でした。

ゲームとしてはスキャンして進んでサンプル取って必要があればアイテムを使って、の繰り返しで、そこは特に工夫の余地などはありません。ライフであるエネルギーや酸素のやりくりも基本的には余裕があります。

 

魅力はデザインとサウンドもそうですが、文章による演出がとてもよいです。実質ノベルゲームに近いのかな。スキャンするひとつひとつのポイントや動植物にエラリーによる解説の文章が表示され(画面一番右)、彼女とともに調査したグリーゼ667Ccの動植物たちについてもデータベースに調査結果や考察が詳しくまとめられます。

動植物の設定は独特なものが多く、 捕食や共存、環境への適応の仕方など生態系が綿密に設定されています。それぞれエラリーによるスケッチもあり、海中をくまなく探査してこのデータベースを埋めていくのがやりこみ要素となっているので、架空の生態系が好きな人にもおすすめできるでしょう。

 

視覚的な要素がはっきりと示されるのはこのスケッチのみで、それも探索中には見ることができないので、基本的には解説やエラリーの台詞を読んで、風景や生き物の姿を想像しながらプレイしていくことになります。

特に風景描写はいかにも想像力を喚起させるような詩的な文章で、単に小説的だと言うよりは、抽象的なセットであったり、小道具をあまり使わないような演劇を観ているような気分でした。

 

たったこれだけの画面なのに、海中での広さや孤独さ、ときには恐ろしさ、そしてパートナーとなるエラリーという人物、彼女らとこの星の物語について、ありありと感じさせるような作品でした。

プレイヤーは画面の探査情報を通し、記録を通し、エラリーの主観を通して、この星とそこにある物語について、間接的にしか知ることができません。でもそれが最大の魅力なのですよね。あえて間接的に演出すること、想像する/させることの力ってすごいし好きです。素朴な感想ですが。

近年のゲームと言えば、リアルだったり豪華なグラフィックが売りを通り越して当たり前になりつつあるような感じもしますが、そんな中だからこそこういうゲームも輝くのかもな、などとも思いました。今風な雰囲気ですが、たぶんものとしてはわりと大昔のゲームにも近いんですよね。

 

プレイ時間は短め(一旦のクリアで5時間かからない程度)ですが、進行はゆっくりとしたもので落ち着いた雰囲気なので、リラックスしてじっくりプレイするのがいいと思います。というかサクサクやろうとするとイラつく系。雰囲気を楽しみましょう。

私はSwitch版を購入したのですが、字がとても小さく、Switchの解像度ではTVモードでも読みにくかったので、環境があればPCで遊ぶのがよいと思います(もともとSteamゲーです)。

 

以下ネタバレ。

 

書いたように、海中の描写や生物についての記述がたいへんよかったのですが、エラリーを通してあるいは断片的に描写されるものごとの中でも、ミナエについてが一番惹かれた部分だったかなと思います。

ミナエの存在は最も間接的で、本当にエラリーのことばを通してしか描かれません。どんな姿をしているのかもわかりませんし(それはエラリーもですが)、果たしてミナエを実際に見たり話したとして、エラリーと同じ印象や感情を抱くかもわかりません。

 

だからこそエラリーの中にあるミナエが印象的なのですよね。エラリーにフォーカスしてものすごーーーくざっくり言うと、このゲームは元恋人に対する感情へのケリをつけるみたいな趣旨の話で、ラブストーリーだったのだと思いますが、そんなふうに簡単に片付けてしまいたくない複雑さと曖昧さがありました。

紹介ページにはミナエをパートナーと書いてあったりするのですが、実際ちゃんと恋人だったことはおそらくないわけで(セックスはしていたと読めるし、恋愛感情もあったと思うけれど)、エラリーも濁した表現をしていて、まずそこからして言い切りたくないじゃないですか。

 

なのにエラリーの独白から伝わってくるミナエへの気持ちってすごく鮮烈というか、痛切で、彼女の日記(でいいのか)を読んでいて胸が痛くなるようでした。二人でいた頃についての述懐がすごく好きです。荒涼とした孤独な世界で二人でいたこと。

ただ恋愛関係で揉めたならまだしも簡単だったかもしれないけれど、仕事や夢に関わる部分で裏切られてすべて失い、ミナエが何を考えていたのかもわからず、どんな気持ちだっただろうと思います。あるいはそんな中でミナエから呼び出され、グリーゼ667Ccまでやってきたときの想いであるとか。

ミナエの方も、エラリーにした仕打ちはかなり酷ではあるのですが、真実を知り、海に身を委ねる決意をして、その上でエラリーを呼んだことについてはもうなんていうか愛じゃないですか。ほんとミナエのことなんて何もわからないんですけど、ここに来てほしかった相手はただエラリーなのだ、エラリーに来てほしかったのだと思うとちょっと泣いてしまう。

 

エラリーにそういった経緯があることを踏まえると、ストーリーの主要点であるグリーゼ667Ccの物語と、ミナエの謎、エラリー自身の物語の重なり合いが美しく、よい作品だったなと思います。

もはや人とも呼べない存在に変わってしまったミナエを受け容れ、言わば封印されていたあの星について解き明かし、すべてを白日の下に晒す(それを決意する)ことでエラリーも再生します。止まってしまっていたものがすべて動き始めるような結末で、よい読後感でした。

 

プレイヤーとしてエラリーと関わることも楽しかったです。こちらからははい・いいえを返すことしかできませんし、どちらを選んでも大した意味はないのですが、それでも導き手として彼女に関わること、頼られたり話しかけられたり、向こうから親しみを持ってもらえることでエラリーを好きになるんですよね。

エラリーがAIであるオキをごく当たり前に尊重して扱ってくれるのもよかったです。テラフォーミングやおそらく星間ワープばりの移動技術があるような世界なので、AIとかアンドロイドも浸透しているのかもしれませんが。

二人ぼっちで海の中をさまよう中で、今同じような気持ちだな、と思えるような場面がたびたびあって、彼女と一緒にやれてよかったなと最後も思えました。いいゲームでした。